2011年11月05日
0024 -空想展開と説得力の相関性-
もし○○が△△だったら…空想、あるいは妄想と呼ばれる類のものは
物理法則や倫理観、その他一切の制限を受けずに展開が可能です。
例えば能力持ちとなって指先から閃光を迸(ほとばし)らせることや、
レールガンの如き光の弾丸で2000m先の標的を
長距離狙撃することも空想上では可能なのですが、
これを他人に分かってもらおうと思うと大変なことになります。
その魔法はどういう原理で発現するの? であるとか、
標的に到達するまでの風向き、空気抵抗の影響は? であるとか、
そもそも2000m先の標的が見えるの? であるとか
……自分と他人の共通認識が現実世界である為、
どうしても何かしら説得力が必要となります。
この説得力というのが実に重要かつ厄介なファクターで、
空想世界のディティールを決定づける要素となります。
例えば先の例でも、実は自分は異世界からやってきた天才魔導師だから
指先から閃光が迸っても何ら問題無いのだ、と
説明することは可能で、簡単です。そういうものなのです。
物理法則も気にしないのです。何たって天才魔導師なのだから。
一方で、標的をまず熱源探知にて定めターゲットロックし、
電磁波照射により標的までの距離及び途中の弾道を補正、
内在能力により磁場を調整し、飛翔エネルギー体をローレンツ力により
標的に向け超高速で射出する……というと、なんだか科学の要素を
絡めただけなのに現実味が増し(たような気になって)、
何となく説得力が得られたような気がするという寸法です。
単に難しくしただけかもしれませんが、
しかしこれを元に別の場面でリアリティを出すことも可能と思われます。
例えば先の例では非熱源の対象はターゲットロックできない、とか。
細部までの調整は制約となってストーリーへ影響し得ます。
他の設定が粗かったりするとそれはそれで問題になる為、
バランス良く設定を設け、上手く取り纏められれば……それはきっと
面白い世界観を得られるのではないでしょうか。
結局嘘を並び立てるのに違いはないのですが、
どうせ嘘をつくなら騙されても良い嘘に乗りたい物で、
そういった嘘をつく為には現実をよく勉強する必要があります。
自らの嘘の説得力を増すために勉学に励むというのも一興かもしれませんね。
……と、私は自分自身に言い聞かせたいのですが、
しばらくは理由探しになろうかと思います。旅にでも出れば落ちているのでしょうか。
2011年09月25日
【特設】ねとらじ提供BGM[白い黒幕亭試験運用BGM]
アルナミニウム精錬所・跡地へようこそ。
BGMに関する決まり事とか、あるなみへの連絡先とか諸注意はこちら↓
http://alunaminium.seesaa.net/article/155914959.html
※ ねとらじ使用に適してそうな他のBGMはこちら↓
http://alunaminium.seesaa.net/article/227490089.html
【白い黒幕亭 試験運用楽曲】
別用途(主にゲーム用)を想定して曲を作っているため、
使用実績が得られたなら是非、実使用に関するデータを下さい
…いえ、十分お気を付けて使用を検討して下さい。
・BlueSignal
・夜天逃走
・遠足びより
・望雨
・SpringStep
・Summer Red
・夢見のオルゴール
・ぽかぽか陽気の歌
・陽気な薬屋さん
・とある晴れた日
・Phantasista Highperion
・Miners Solo
・雪奏即興歌
・AncientClock
・BreakPoint
・軒並空歩道
・Electron Bolt
・使用希望の人はあるなみまで(Skypeを推奨します。他は気付きませんので)
BGMに関する決まり事とか、あるなみへの連絡先とか諸注意はこちら↓
http://alunaminium.seesaa.net/article/155914959.html
※ ねとらじ使用に適してそうな他のBGMはこちら↓
http://alunaminium.seesaa.net/article/227490089.html
【白い黒幕亭 試験運用楽曲】
別用途(主にゲーム用)を想定して曲を作っているため、
…いえ、十分お気を付けて使用を検討して下さい。
・BlueSignal
・夜天逃走
・遠足びより
・望雨
・SpringStep
・Summer Red
・夢見のオルゴール
・ぽかぽか陽気の歌
・陽気な薬屋さん
・とある晴れた日
・Phantasista Highperion
・Miners Solo
・雪奏即興歌
・AncientClock
・BreakPoint
・軒並空歩道
・Electron Bolt
・使用希望の人はあるなみまで(Skypeを推奨します。他は気付きませんので)
【特設】ねとらじ提供BGM[ノンジャンル・SA]
アルナミニウム精錬所・跡地へようこそ。
BGMに関する決まり事とか、あるなみへの連絡先とか諸注意はこちら↓
http://alunaminium.seesaa.net/article/155914959.html
曲者揃いの試験運用BGMはこちら↓
http://alunaminium.seesaa.net/article/227493940.html
当ページでは、ねとらじ等での使用を想定した楽曲のうち、
ノンジャンル楽曲ならびに小曲集[Segmented_Air]を取り扱っております。
【ノンジャンル】
音楽の傾向としては雑多(ノンジャンル)となりますが、
トークの裏などの普段使いに向いていると思われます。
ねとらじを始めたいけれど後ろに流すBGMがない。そんなあなたに。
・小道の先の冒険
・Slow Coffee Break
・Feel a Feather
・夜天路行【遠野電波局 提供楽曲】
・AnataNazoName
【 Segmented_Air 】
毎日見ているはずの、しかし毎日少しずつ違うはずの空色スケッチ。
ピアノのみ。どちらかというと朗読に向いています。
・空の音 ※参考:ものづくり工場(班長様)使用楽曲
・秋色の凪
・望雨(Short)
・青色の光 ※参考:眠れる森(夢花様)使用楽曲
・秋雲 ※参考:My Foolish Heart(yoshihumi様)使用楽曲
・秋晴 ※参考:ものづくり工場(班長様)使用楽曲
・灯花火 【遠野電波局 提供楽曲】
・使用希望の人はあるなみまで(Skypeを推奨します。他は気付きませんので)
BGMに関する決まり事とか、あるなみへの連絡先とか諸注意はこちら↓
http://alunaminium.seesaa.net/article/155914959.html
曲者揃いの試験運用BGMはこちら↓
http://alunaminium.seesaa.net/article/227493940.html
当ページでは、ねとらじ等での使用を想定した楽曲のうち、
ノンジャンル楽曲ならびに小曲集[Segmented_Air]を取り扱っております。
【ノンジャンル】
音楽の傾向としては雑多(ノンジャンル)となりますが、
トークの裏などの普段使いに向いていると思われます。
ねとらじを始めたいけれど後ろに流すBGMがない。そんなあなたに。
・小道の先の冒険
・Slow Coffee Break
・Feel a Feather
・夜天路行【遠野電波局 提供楽曲】
・AnataNazoName
【 Segmented_Air 】
毎日見ているはずの、しかし毎日少しずつ違うはずの空色スケッチ。
ピアノのみ。どちらかというと朗読に向いています。
・空の音 ※参考:ものづくり工場(班長様)使用楽曲
・秋色の凪
・望雨(Short)
・青色の光 ※参考:眠れる森(夢花様)使用楽曲
・秋雲 ※参考:My Foolish Heart(yoshihumi様)使用楽曲
・秋晴 ※参考:ものづくり工場(班長様)使用楽曲
・灯花火 【遠野電波局 提供楽曲】
・使用希望の人はあるなみまで(Skypeを推奨します。他は気付きませんので)
2011年05月17日
0023 -ひとりだけの最終電車-
田舎の二両編成電車は日付変更線よりも遙かに早く、
しかしゆっくりと終着駅へ向かいます。
車両の中にいるのは、車掌を除けば自分一人だけ。
無人のように見える車両はただ一定のリズムを刻み、
普段使い慣れているはずの経路であるにも関わらず
初めて乗るルートのような錯覚さえ感じられ。
まるで見知らぬ場所に行くかのようにさえ思えます。
恐らくは「この電車を乗り過ごすともう後がない」という焦りと、
最終電車ならではの一日の疲れ、その日の一日分の記憶が巡ることも、
錯覚を感じる要因になっているのだろうと考えられます。
向かっているような見知らぬ場所とは、
例えば死後の世界ではないだろうか。
もしかすると、ひとりであることで
何かしら不安を感じるのかもしれません。
たとえば他の人が周りにいたのなら、少なくともそこは
一般の人が踏み行って良い領域であって、ということは
その場所に留まっていても問題は無い、と
判断することができます。
しかしひとりでいる電車は、
その電車がどこに向かっているのか、
本当に進んでいるのか、
いつになれば終着駅に着くのか、
本当はどこにも辿りつかないのではないのか、
運転席にいるはずの車掌さんは疲れていないのだろうか、
本当はこの車両には車掌さんなど最初から存在しなかったのではないか、
誰も乗り降りすることのない途中駅は、
本当はこの世と死後の世界を隔てる最後の、
――ガタン、ゴトン、と繰り返された音は止み、
電車は最初からそう決まっていた通り、
定められた場所、時間に私を連れて行ってくれます。
それは何一つ疑うことのない当然であるはずですが、
夢と現実の境界線とは、こうした“揺らぎ”の中に存在するのかもしれません。
しかしゆっくりと終着駅へ向かいます。
車両の中にいるのは、車掌を除けば自分一人だけ。
無人のように見える車両はただ一定のリズムを刻み、
普段使い慣れているはずの経路であるにも関わらず
初めて乗るルートのような錯覚さえ感じられ。
まるで見知らぬ場所に行くかのようにさえ思えます。
恐らくは「この電車を乗り過ごすともう後がない」という焦りと、
最終電車ならではの一日の疲れ、その日の一日分の記憶が巡ることも、
錯覚を感じる要因になっているのだろうと考えられます。
向かっているような見知らぬ場所とは、
例えば死後の世界ではないだろうか。
もしかすると、ひとりであることで
何かしら不安を感じるのかもしれません。
たとえば他の人が周りにいたのなら、少なくともそこは
一般の人が踏み行って良い領域であって、ということは
その場所に留まっていても問題は無い、と
判断することができます。
しかしひとりでいる電車は、
その電車がどこに向かっているのか、
本当に進んでいるのか、
いつになれば終着駅に着くのか、
本当はどこにも辿りつかないのではないのか、
運転席にいるはずの車掌さんは疲れていないのだろうか、
本当はこの車両には車掌さんなど最初から存在しなかったのではないか、
誰も乗り降りすることのない途中駅は、
本当はこの世と死後の世界を隔てる最後の、
――ガタン、ゴトン、と繰り返された音は止み、
電車は最初からそう決まっていた通り、
定められた場所、時間に私を連れて行ってくれます。
それは何一つ疑うことのない当然であるはずですが、
夢と現実の境界線とは、こうした“揺らぎ”の中に存在するのかもしれません。
2010年09月08日
0022 -人類の言語拡張能力について-
ケースA:
例えばエクセルデータで「山田」と「ヤマダ」を同一人物と見なしたい時、
どちらか一方を整理してしまわなければ同一人物視できませんが、
人類は「ここでいうところの山田とヤマダは同じ人だから」と言われるだけで、
以降「山田」=「ヤマダ」という同じ条件を適用することができます。
又、「ヤマダ」を「山田」に置き換え、「山田」にて山田カウントを取ることも可能ですが、
この際「岡山田」さんも一緒にカウントされてしまいます。エクセルさんは実に
データに忠実なのですが、一方で人類はファジーかつ明確に切り分けられます。
ケースB:
「山田さんA」と「山田さんB」が同時に存在する時、人類は
自動的に他の条件からどちらの山田さんであるかを判別する事ができます。
例えば「コンタクト」で「リーゼント」で「ムキムキマッチョ」なのが「山田さんA」で、
「インテリメガネ」で「七三分け」で「青瓢箪」なのが「山田さんB」だったとした場合、
「今までに登場した人物の中で」「ムキムキマッチョ」「ではない方」の山田さんを
特定する場合、人類は条件2と条件3を結合し、「ムキムキマッチョではない方」だから
山田さんBだ、と容易に特定する事ができます。エクセルデータでも複雑なコマンドを
組み合わせれば可能なのかもしれませんが、条件1の適用は難しいかもしれません。
上記2ケースのような例を持ち出した時、存外人間の言語に対する処理能力は
高いと言えるのだと思います。数値の演算ではコンピュータに圧倒的に
分がありますが、複雑な条件分岐、状況把握、未来予測等のややこしい事も
個人差はありますが実施可能なのであって、未来を予言するのはスパコンよりも
個人的能力に非常に優れた人類の一個体の方がまだ有り得る話のように思えます。
かといって人類の記憶能力は非常に揮発性が高いため、
未来演算はまったく当てになりませんが。
コンピュータが人類と同等レベルに言語を自在に操るようになるためには、
まだまだ幾つもの研究データと苦難と失敗を必要とするのでしょう。
少なくとも人工無能によって人類同様の多種多様な出力を得るのは難しいでしょうし、
であれば現在のアイデアでは不可能なのかもしれませんが、
戦争で滅びない限りはいつか辿り付くのではないでしょうか。
そういうところが人類の強みみたいな物だと最近思うようになりました。
ここから先は本来ならば記すべきではないのでしょうが、
私の一つの研究成果みたいな物です。戯れ言と思って聞き流して頂ければ幸いです。
人類は群れ、会社という社会を構築しますが、人類の集合体たる社会もまた個体差を
持ちます。差異は会社の数だけ存在するといっても過言ではありませんが、
これら差異の項目の中に、「新技術の導入」について「積極」か、「消極」かという
選択肢があります。
新技術は導入に対してリスクが高く、開発費用もかかれば扱える人材の育成費用も
発生します。ぶっちゃけ面倒な事が多く、常に総合的に見て成功しなければ
ならない事から、新技術を使わず伝統を維持する事によって
会社の形を為す事も考えられます。
「新技術の導入」について「消極」である選択を行う事は、
それ一つでは正しいのか、誤りなのかは判断が難しく、それ故「何事にも積極」や
「最低限の部位のみ積極」といった派生が生まれます。
例えば芸術の分野などは「積極」、「消極」いずれの場合にも成功例は豊富であり、
アグレッシブなアートを描く人類も、伝統工芸に重きを置く人類もいますが、
必然的に周囲との競争になる会社にとっては「消極」による成功は少ないと言えます。
先ほどと同様になぞらえれば「積極的に見えるけれど消極」と言った例もあり、
実は様々な憶測の末これを採用している会社は多いのではないか、
と感じている次第です。
目先の収益に囚われて、「新技術の導入」を先送りにしたために、
技術開発が後発になり、他国に遅れを取る…これが今現在の
日本企業達なのではないか。
私はコンピュータでは無く人類なので、ファジーに未来を妄言する事は可能なのです。
恐らく私達が生きている間に、様々な因子の積み重ねによってポスト日本は将来、
日本ではない別のどこかに取って代わられていると私は推測致します。
考えるのが得意なのは日本人ではなくて人類全体なのです。
この事を忘れてはいけません。
例えばエクセルデータで「山田」と「ヤマダ」を同一人物と見なしたい時、
どちらか一方を整理してしまわなければ同一人物視できませんが、
人類は「ここでいうところの山田とヤマダは同じ人だから」と言われるだけで、
以降「山田」=「ヤマダ」という同じ条件を適用することができます。
又、「ヤマダ」を「山田」に置き換え、「山田」にて山田カウントを取ることも可能ですが、
この際「岡山田」さんも一緒にカウントされてしまいます。エクセルさんは実に
データに忠実なのですが、一方で人類はファジーかつ明確に切り分けられます。
ケースB:
「山田さんA」と「山田さんB」が同時に存在する時、人類は
自動的に他の条件からどちらの山田さんであるかを判別する事ができます。
例えば「コンタクト」で「リーゼント」で「ムキムキマッチョ」なのが「山田さんA」で、
「インテリメガネ」で「七三分け」で「青瓢箪」なのが「山田さんB」だったとした場合、
「今までに登場した人物の中で」「ムキムキマッチョ」「ではない方」の山田さんを
特定する場合、人類は条件2と条件3を結合し、「ムキムキマッチョではない方」だから
山田さんBだ、と容易に特定する事ができます。エクセルデータでも複雑なコマンドを
組み合わせれば可能なのかもしれませんが、条件1の適用は難しいかもしれません。
上記2ケースのような例を持ち出した時、存外人間の言語に対する処理能力は
高いと言えるのだと思います。数値の演算ではコンピュータに圧倒的に
分がありますが、複雑な条件分岐、状況把握、未来予測等のややこしい事も
個人差はありますが実施可能なのであって、未来を予言するのはスパコンよりも
個人的能力に非常に優れた人類の一個体の方がまだ有り得る話のように思えます。
かといって人類の記憶能力は非常に揮発性が高いため、
未来演算はまったく当てになりませんが。
コンピュータが人類と同等レベルに言語を自在に操るようになるためには、
まだまだ幾つもの研究データと苦難と失敗を必要とするのでしょう。
少なくとも人工無能によって人類同様の多種多様な出力を得るのは難しいでしょうし、
であれば現在のアイデアでは不可能なのかもしれませんが、
戦争で滅びない限りはいつか辿り付くのではないでしょうか。
そういうところが人類の強みみたいな物だと最近思うようになりました。
ここから先は本来ならば記すべきではないのでしょうが、
私の一つの研究成果みたいな物です。戯れ言と思って聞き流して頂ければ幸いです。
人類は群れ、会社という社会を構築しますが、人類の集合体たる社会もまた個体差を
持ちます。差異は会社の数だけ存在するといっても過言ではありませんが、
これら差異の項目の中に、「新技術の導入」について「積極」か、「消極」かという
選択肢があります。
新技術は導入に対してリスクが高く、開発費用もかかれば扱える人材の育成費用も
発生します。ぶっちゃけ面倒な事が多く、常に総合的に見て成功しなければ
ならない事から、新技術を使わず伝統を維持する事によって
会社の形を為す事も考えられます。
「新技術の導入」について「消極」である選択を行う事は、
それ一つでは正しいのか、誤りなのかは判断が難しく、それ故「何事にも積極」や
「最低限の部位のみ積極」といった派生が生まれます。
例えば芸術の分野などは「積極」、「消極」いずれの場合にも成功例は豊富であり、
アグレッシブなアートを描く人類も、伝統工芸に重きを置く人類もいますが、
必然的に周囲との競争になる会社にとっては「消極」による成功は少ないと言えます。
先ほどと同様になぞらえれば「積極的に見えるけれど消極」と言った例もあり、
実は様々な憶測の末これを採用している会社は多いのではないか、
と感じている次第です。
目先の収益に囚われて、「新技術の導入」を先送りにしたために、
技術開発が後発になり、他国に遅れを取る…これが今現在の
日本企業達なのではないか。
私はコンピュータでは無く人類なので、ファジーに未来を妄言する事は可能なのです。
恐らく私達が生きている間に、様々な因子の積み重ねによってポスト日本は将来、
日本ではない別のどこかに取って代わられていると私は推測致します。
考えるのが得意なのは日本人ではなくて人類全体なのです。
この事を忘れてはいけません。
2010年07月29日
0021 -語源に見る裏の裏への回り方-
黒幕:黒幕とは、表面に出ず、裏で計画したり指図をする人。闇の権力者。
黒幕の語源・由来
黒幕は、歌舞伎などの芝居で用いる黒い幕に由来する。
歌舞伎では、舞台・場面の転換や、夜の場面を表すため黒い幕を張った。
その陰で舞台を操る事から、裏で操る人を「黒幕」と言うようになった。
(語源由来辞典より一部抜粋)
好きな人はよくよく用いる「黒幕」ですが、
「黒幕」というのはあくまで幕であり、裏に潜む人を隠す存在に過ぎません。
しかし手前から見れば舞台があり、役者がおり、その裏にさりげなく「黒幕」が
あるわけですから、観客としてはさりげなく最初からいて、
それでいて最後の存在である「黒幕」がいわゆるラスボスのように感じられて、
それさえ倒してしまえば世界が平和になったような気がする…。
まさに「黒幕」の後ろの人がほくそ笑むような展開でございます。
このように、舞台の裏の裏に潜む人が円滑に事を進めるためには、
語源に由来する所の「黒幕」を用意すれば良いのでありまして、
つまるところ自分の意のままに操作できる駒を二段階に準備すれば
万が一の時にも自分は傷つかず、普段から組織を操る事が出来る…とまぁ、
そんな保険をかけつつ自分のやりたい事をできるようになるのです。
その為には二段仕込みにできるだけの人材導入力が必要になるのですが、
その為にはそれだけの人を動かすに足る信念か、野心か、
それに見合うような強い見返りが必要になってくるのでありまして。
「黒幕」の裏に回る為には、それはそれで相応の努力が必要になるようです。
何はともあれ、一考する価値はありそうですね…自分の価値観、
それが人を動かすに値する物かどうか、それを測るものさしにはなるでしょう。
2010年07月10日
【特設】ねとらじ提供のBGMなど
この度はアルナミニウム精錬所・跡地へお越し頂き、誠にありがとうございます。
当ページでは、ねとらじ等での使用を想定した楽曲を取り扱っております。
[最近(?)の更新状況]
2011/09/25 曲リスト整理、『空の音』、『秋色の凪』を追加。
2011/08/08 『灯花火【遠野電波局 提供楽曲】』を追加。
2011/08/04 『青色の光』を追加。
※2011/09/25 曲リストの整理を行いました。(下のリンクからどうぞ)
・ノンジャンル・Segmented_Air
http://alunaminium.seesaa.net/article/227490089.html
・白い黒幕亭試験運用BGM
http://alunaminium.seesaa.net/article/227493940.html
【楽曲の取扱について】
原則として、当ページの楽曲は以下のように運営致します。
【フリー楽曲 (曲名の横に特に何も記載の無いもの)】
ねとらじその他での利用において、BGMとしての使用、改変、
その他の用途の音源としてご自由にお持ち帰り下さい。
ご使用の際にはあるなみまでご連絡頂きますよう宜しくお願い致します。
お見かけするとドッペルさんの仕業と勘違いして寿命が縮むじゃないですか。
尚、曲名の横に参考:○○(ねとらじ名)使用楽曲 と書いてあるものに
つきましては、下記【提供楽曲】とは異なり、他放送さんでも使用可とします。
【○○(ねとらじ名)提供楽曲(曲名の横に【○○提供楽曲】と書いてあるもの】
上記枠内のねとらじさんでの使用を想定した楽曲となります。
こちらもご自由に持ち帰って頂いて構いませんが、
放送権につきましては上記枠内明記のねとらじさんに限らせて頂きます。
申し訳ございませんが、ねとらじさんの独特な雰囲気維持のため、
ねとらじ、ゲーム楽曲、その他不特定多数を対象とした創作物への使用、
転用はお控え頂きますよう宜しくお願い致します。
【白い黒幕亭 試験運用楽曲】
白い黒幕亭:http://jbbs.livedoor.jp/radio/18589/
上記ねとらじにて試験運用する楽曲となります。
使えそうと思った楽曲はフリー楽曲に移動している為、
一癖も二癖もある曲者揃いになっています。
こちらもご自由に持ち帰って頂いて構いませんが、
使用をご検討される場合は下記連絡先までご相談くださいませ。
【あるなみ ご連絡先】
ご連絡はお手数ですが、下記までお願い致します。
Skype_ID:alunami
アルナミニウム精錬所は下記ねとらじさんを応援しています。
『場末の文具屋さん(DJ:へちま 様)』
『遠野電波局(DJ:遠野 様)』
『ものづくり工場(DJ:班長 様)』
『眠れる森(DJ:夢花 様)』
『My Foolish Heart(DJ:yoshifumi様)』
当ページでは、ねとらじ等での使用を想定した楽曲を取り扱っております。
[最近(?)の更新状況]
2011/09/25 曲リスト整理、『空の音』、『秋色の凪』を追加。
2011/08/08 『灯花火【遠野電波局 提供楽曲】』を追加。
2011/08/04 『青色の光』を追加。
※2011/09/25 曲リストの整理を行いました。(下のリンクからどうぞ)
・ノンジャンル・Segmented_Air
http://alunaminium.seesaa.net/article/227490089.html
・白い黒幕亭試験運用BGM
http://alunaminium.seesaa.net/article/227493940.html
【楽曲の取扱について】
原則として、当ページの楽曲は以下のように運営致します。
【フリー楽曲 (曲名の横に特に何も記載の無いもの)】
ねとらじその他での利用において、BGMとしての使用、改変、
その他の用途の音源としてご自由にお持ち帰り下さい。
ご使用の際にはあるなみまでご連絡頂きますよう宜しくお願い致します。
尚、曲名の横に参考:○○(ねとらじ名)使用楽曲 と書いてあるものに
つきましては、下記【提供楽曲】とは異なり、他放送さんでも使用可とします。
【○○(ねとらじ名)提供楽曲(曲名の横に【○○提供楽曲】と書いてあるもの】
上記枠内のねとらじさんでの使用を想定した楽曲となります。
こちらもご自由に持ち帰って頂いて構いませんが、
放送権につきましては上記枠内明記のねとらじさんに限らせて頂きます。
申し訳ございませんが、ねとらじさんの独特な雰囲気維持のため、
ねとらじ、ゲーム楽曲、その他不特定多数を対象とした創作物への使用、
転用はお控え頂きますよう宜しくお願い致します。
【白い黒幕亭 試験運用楽曲】
白い黒幕亭:http://jbbs.livedoor.jp/radio/18589/
上記ねとらじにて試験運用する楽曲となります。
使えそうと思った楽曲はフリー楽曲に移動している為、
一癖も二癖もある曲者揃いになっています。
こちらもご自由に持ち帰って頂いて構いませんが、
使用をご検討される場合は下記連絡先までご相談くださいませ。
【あるなみ ご連絡先】
ご連絡はお手数ですが、下記までお願い致します。
Skype_ID:alunami
アルナミニウム精錬所は下記ねとらじさんを応援しています。
『場末の文具屋さん(DJ:へちま 様)』
『遠野電波局(DJ:遠野 様)』
『ものづくり工場(DJ:班長 様)』
『眠れる森(DJ:夢花 様)』
『My Foolish Heart(DJ:yoshifumi様)』
2010年07月09日
0020 -本当に学ぶべきは-
私はどちらかといえば理系に属する調査員ですが、
調査名目の下に微分積分を演算したり、
水酸化ナトリウムの炎色反応を何かに応用してみたり、
デジタル回路のAND演算を行ったりした事は未だありません。
日々用いるのはおそらく所属する研究所でのみ通用するであろうワードと、
それらを組み上げた言語体系。これらは研究所に所属して初めて遭遇した物であり、
いわゆる学問とは独立したシステムなのでした。
なんという事はありません。
私が学舎で培って来た全ての中において、
最も有用な物は「人間関係の築き方」だったというだけの話です。
これがもし極端ではなく普遍的な話であったのだとしたならば、
我々は考えを改める必要があるのかもしれません。
私たちが生きる上において、インテグラルやオペアンプは必要ではなかった。
なればこそ、「ゆとり教育」なる思想が生まれたのかも知れないと。
人の動かし方を心得た者が得をして、正直者は損をする。
そんな構図は少し考えてみれば、あるいは考えるまでもなく、
すぐ傍の現実として横たわっていたのです。
人を動かす術を知るべきである、という事は我々人類は、
己が得をする上では数学ではなく、帝王学を学ぶべきだったのかもしれません。
しかしこれは、リアルというゲームにおいて如何に自分を高位に立たせるか、
という事に特化した場合の話であります。
いくら上を眺めても、上の人々が好んで下に降りる事はありません。
飽くなき椅子取りゲームを面白いと考えるかは、それこそ人によりましょう。
数十億という数の中でナンバーワンを自称する事にどれだけの意味があるのか。
または程々上層部に座したとして、果たしてそれは終着点なのか。
幸いにも、我々は自身の在り方を方向付けられる意志を持っています。
ただ高みを目指すも、水平線の先を目指すも、その場から一歩たりとも動かぬ事も、
突き詰めればそれがその人の人生であり、その人が生きるべき攻略線と成り得ます。
その攻略線を見つけ、如何に早く目的を達成するための情報を手にするか。
学舎で真に学ぶべきは、その一点ではなかっただろうか。
これに気付けず道を決めてしまった人は、もしかしたら不幸なのかもしれません。
これに気付き、しかし行動しなかった人は、もしかしたら愚者なのかもしれません。
これに気付き、行動したとして、その行為が報われなければ
やはり不幸なのかもしれません。
しかし同じ不幸でも、行動を起こした上での不幸であったなら、
何かしら自分に踏ん切りをつけられるかもしれません。
たくさんの体験談を聞き、たくさんの失敗を繰り返し、たくさんの選択肢を不意にする。
あまり歳を取るものではないと最近は思う事が多くなりました。
私の攻略線は「幅広い人脈を持つ事」であると思っていましたが、
自分とは住む世界が違う人の話を聞く度に、羨ましくなったり、
自分がちっぽけである事を自覚したり、
最初から間違いだったのではないかと思ってしまいます。
もっと何か別の事ができたのではないだろうか。
誰の行動をも模倣しない、オリジナルになる事ができたのではないだろうか。
学舎を離れ、偉そうな事を掲げてふんぞり返ってみても、
あれも違う、これも違うとただただ否定が増えていくばかりで、
結局はこれが正解だと自信を持って言えるものは見つかってはいないのです。
近頃、人が壊れていく様を多く見過ぎました。
ああはなるまい、が いずれああなるかもしれない、に変わってしまったのは果たして
いつの話だったか…やはり、無為に歳を取るべきではなかったのです。
2010年05月06日
0019 -課題案件とライフゲームの難易度-
日常的に生活を行っていると、「やるべき事」という物について
「生活を維持するために必要な事柄」と、
「別に必ずではないけれど、行っておくと後々有利に働く事柄」という
二種類の存在を確認する事ができます。
ここでは前者を【必達課題案件】、後者を【自発的課題案件】と定義します。
その人の性格、職業、趣味等々により「やるべき事」は変動しますが、
おおよその認識共通のため、各案件の性格を下記に示します。
【必達課題案件】
「やるべき事」のうち、達成する事ができなければ
後々の行動に重度のペナルティが付加される物。
当たり障りの無い部分で例を挙げると、
『納税を行う』→『怠ると年金授与額の減少、健康保険等の消滅など』
『試験で赤点より高い点数を取る』→『未達の場合、追試、補講など』
『仕事・アルバイトの欠勤連絡』→『無断で取ると人間関係に著しい影響を及ぼす』
などなど、状況によっては致命的になる物がこれに当たります。
【自発的課題案件】
「やるべき事」のうち、未達成によりペナルティが付加されるが、無視できるほど
軽度の物。あるいは後々の行動を有利に展開出来るようになる物。
『長期休暇中の(用事無き)里帰り』→『未達による影響は親不孝の罪悪感程度』
『専門分野外の知識習得』→『技術・理論の水平展開が可能に』
などのように、少し気が重くなったり、可能性が拡張されないといった
未達でも現状維持には困らない物がこれに当たります。
先に少し触れた通り、「やるべき事」とは当人の性格、職業、趣味によって
千差万別であり、これは【必達課題案件】と【自発的課題案件】、また
「やるべき事」には含まれないただの【課題案件】の境界線とも成り得ます。
ゲーム会社でプログラムに触れる事が仕事の人物にとって
プログラム言語の知識習得やアルゴリズムの理解は【必達課題案件】と
成り得ますが、旋盤の使い方や成分解析装置の使い方等は、そのままでは
正直言って趣味の分野以外での活躍は見込めません。
しかし、もし旋盤の使い方を知っていて、削り出しに関する物理法則を
熟知していれば、それはプログラムのアルゴリズムとして転用する事が
可能となります。
いついかなる案件も、柔軟性次第で何かに転用できる可能性がある。
その可能性が否定されない以上、世の中の一切の事項は【課題案件】と
成り得ます。それらを意欲を持って吸収しようとするか否か、この一点により
【自発的課題案件】とただの【課題案件】は区別されます。
そして【自発的課題案件】として旋盤の知識を習得した上、仕事に転用され、
上司等により成果が認められた瞬間、仕事はステップアップされ別の物になります。
物理法則に強いプログラマ、という今までと異なるポジションに立つのであります。
以降は物理法則の熟知も【必達課題案件】となり、他の人にはできない
特別な仕事を任されるかもしれません。
これはただのプログラマに対しとある分野で突出していると評価され、
別の言葉を探すならば「有能な人材」と成り得ます。
仕事における有能な人材、あるいは趣味が多種に渡るといった類の人間は、
自らを以て【自発的課題案件】を多く抱える人間を指すと考えられます。
【課題案件】はそれこそ人生のそこかしこに転がっていますが、
【必達課題案件】でない限りは強制力が働く事はありません。
人類の存続に必要である「子孫を残す」といった事でさえ、
目的目標が多種多様となった現代においてはただの【課題案件】であり、
生涯を孤独のまま過ごす事を良しとする人がいる事も確かな話です。
【必達課題案件】以外は、最悪何一つ成し遂げなくても生活を維持できる。
あれもこれもと【自発的課題案件】を盛り込み、取り組む事で
第三者的に見てその人の人生は豊かになりますが、
その分だけ時間的・体力的制約からいわゆる「リアル」は難易度を増します。
自分の生き方と折り合いをつけながら【課題案件】を見過ごす事も、
選択肢として考えられるのではないでしょうか。
……以上のように「やるべき事」について一つの解釈を提示しましたが、
厄介なのは【必達課題案件】と【自発的課題案件】の境界線が実に
曖昧であるという点です。
先の例に従えば、旋盤の使い方を知るという【自発的課題案件】は
周囲により価値を見出され、【必達課題案件】となりました。
このケースのように、自分ではなく、周囲が必要とする事から
【必達課題案件】と見なされる事項については、周囲の期待を
読み違えれば【自発的課題案件】と区別がつかず、本人の意志に因らず
周囲が【必達課題案件】であると認識するものですから、
未達の場合には期待外れの印象というペナルティが課せられます。
周囲の機微を漏らさず感知する事ができれば問題ないのでしょうが、
周囲が勝手に期待する【必達課題案件】の全てが回収しきれるとは思えません。
想像だけで言えば、彼氏彼女間の【必達課題案件】は言葉にすら現されず、
以心伝心により応答を求められる事もあるのではないでしょうか。
これは独身の時に比べ、「リアル」としての難易度が上昇している気がします。
故に一つの【課題案件】がただの【課題案件】なのか、
余力があれば手を出しておくべき【自発的課題案件】なのか、
それとも周囲が知らずのうちから【必達課題案件】として期待しているのか、
自分にとって分からない事もある、というよりは大半が分からない事ばかりです。
誰が誰に何を期待しているか……それを正確に把握できていたのなら、
恐らくは誰も苦労はしないのでありましょう。
「生活を維持するために必要な事柄」と、
「別に必ずではないけれど、行っておくと後々有利に働く事柄」という
二種類の存在を確認する事ができます。
ここでは前者を【必達課題案件】、後者を【自発的課題案件】と定義します。
その人の性格、職業、趣味等々により「やるべき事」は変動しますが、
おおよその認識共通のため、各案件の性格を下記に示します。
【必達課題案件】
「やるべき事」のうち、達成する事ができなければ
後々の行動に重度のペナルティが付加される物。
当たり障りの無い部分で例を挙げると、
『納税を行う』→『怠ると年金授与額の減少、健康保険等の消滅など』
『試験で赤点より高い点数を取る』→『未達の場合、追試、補講など』
『仕事・アルバイトの欠勤連絡』→『無断で取ると人間関係に著しい影響を及ぼす』
などなど、状況によっては致命的になる物がこれに当たります。
【自発的課題案件】
「やるべき事」のうち、未達成によりペナルティが付加されるが、無視できるほど
軽度の物。あるいは後々の行動を有利に展開出来るようになる物。
『長期休暇中の(用事無き)里帰り』→『未達による影響は親不孝の罪悪感程度』
『専門分野外の知識習得』→『技術・理論の水平展開が可能に』
などのように、少し気が重くなったり、可能性が拡張されないといった
未達でも現状維持には困らない物がこれに当たります。
先に少し触れた通り、「やるべき事」とは当人の性格、職業、趣味によって
千差万別であり、これは【必達課題案件】と【自発的課題案件】、また
「やるべき事」には含まれないただの【課題案件】の境界線とも成り得ます。
ゲーム会社でプログラムに触れる事が仕事の人物にとって
プログラム言語の知識習得やアルゴリズムの理解は【必達課題案件】と
成り得ますが、旋盤の使い方や成分解析装置の使い方等は、そのままでは
正直言って趣味の分野以外での活躍は見込めません。
しかし、もし旋盤の使い方を知っていて、削り出しに関する物理法則を
熟知していれば、それはプログラムのアルゴリズムとして転用する事が
可能となります。
いついかなる案件も、柔軟性次第で何かに転用できる可能性がある。
その可能性が否定されない以上、世の中の一切の事項は【課題案件】と
成り得ます。それらを意欲を持って吸収しようとするか否か、この一点により
【自発的課題案件】とただの【課題案件】は区別されます。
そして【自発的課題案件】として旋盤の知識を習得した上、仕事に転用され、
上司等により成果が認められた瞬間、仕事はステップアップされ別の物になります。
物理法則に強いプログラマ、という今までと異なるポジションに立つのであります。
以降は物理法則の熟知も【必達課題案件】となり、他の人にはできない
特別な仕事を任されるかもしれません。
これはただのプログラマに対しとある分野で突出していると評価され、
別の言葉を探すならば「有能な人材」と成り得ます。
仕事における有能な人材、あるいは趣味が多種に渡るといった類の人間は、
自らを以て【自発的課題案件】を多く抱える人間を指すと考えられます。
【課題案件】はそれこそ人生のそこかしこに転がっていますが、
【必達課題案件】でない限りは強制力が働く事はありません。
人類の存続に必要である「子孫を残す」といった事でさえ、
目的目標が多種多様となった現代においてはただの【課題案件】であり、
生涯を孤独のまま過ごす事を良しとする人がいる事も確かな話です。
【必達課題案件】以外は、最悪何一つ成し遂げなくても生活を維持できる。
あれもこれもと【自発的課題案件】を盛り込み、取り組む事で
第三者的に見てその人の人生は豊かになりますが、
その分だけ時間的・体力的制約からいわゆる「リアル」は難易度を増します。
自分の生き方と折り合いをつけながら【課題案件】を見過ごす事も、
選択肢として考えられるのではないでしょうか。
……以上のように「やるべき事」について一つの解釈を提示しましたが、
厄介なのは【必達課題案件】と【自発的課題案件】の境界線が実に
曖昧であるという点です。
先の例に従えば、旋盤の使い方を知るという【自発的課題案件】は
周囲により価値を見出され、【必達課題案件】となりました。
このケースのように、自分ではなく、周囲が必要とする事から
【必達課題案件】と見なされる事項については、周囲の期待を
読み違えれば【自発的課題案件】と区別がつかず、本人の意志に因らず
周囲が【必達課題案件】であると認識するものですから、
未達の場合には期待外れの印象というペナルティが課せられます。
周囲の機微を漏らさず感知する事ができれば問題ないのでしょうが、
周囲が勝手に期待する【必達課題案件】の全てが回収しきれるとは思えません。
想像だけで言えば、彼氏彼女間の【必達課題案件】は言葉にすら現されず、
以心伝心により応答を求められる事もあるのではないでしょうか。
これは独身の時に比べ、「リアル」としての難易度が上昇している気がします。
故に一つの【課題案件】がただの【課題案件】なのか、
余力があれば手を出しておくべき【自発的課題案件】なのか、
それとも周囲が知らずのうちから【必達課題案件】として期待しているのか、
自分にとって分からない事もある、というよりは大半が分からない事ばかりです。
誰が誰に何を期待しているか……それを正確に把握できていたのなら、
恐らくは誰も苦労はしないのでありましょう。
2010年03月13日
0018 -人生の攻略本-
難解な出来事に遭遇した時。
あるいは、あまりに自由で先が見渡せない時。
様々なケース、状態において、ふと脳裏に思い浮かべる言葉があります。
『人生の攻略本』――己が人生の道を示す、唯一にして絶対の指南書。
複雑怪奇で仕方が無い『リアル』というゲームにおいて、
おおよそ存在すると考えられる物の中で二番目に欲しくなる物であります。
ちなみに私にとって一番は『人生のセーブポイント』。
しかし仮に『人生の攻略本』が存在するとして、
入手に至りざっと考えるだけで三つ、問題点が考えられます。
以下、各問題について検討を行う物です。
1.膨大な攻略情報、予備知識を『リアル』の中で紐解く事は可能か?
『リアル』は刻一刻と状況が変化するRTS(リアルタイムストラテジー)と、
話を読み進めていくアドベンチャーゲームの要素を含んだ物と考えられます。
RTS(リアルタイムストラテジー)という言葉に馴染みの無い方は意識共有のため、
以下のような状態を考えて頂ければ幸いです。
『相手プレイヤー(王)を倒すために将棋の駒を動かさなければならないが、
最初は「駒を作る駒」しか存在しておらず、これを操ってより強い
駒を作れるように設備を充実させ、歩兵や桂馬、最終局面では
飛車や角といった強力な駒を作り、軍隊を動かすゲーム。
相手プレイヤー(王)を倒すために強力な駒があった方が心強いけれど、
必ずしも飛車や角といった最終兵器を手に入れる必要は無く、
桂馬や金、銀が作れるようになった時点で、あるいは最初期に
歩兵によってのみ構成された軍隊でさえあったとしても、
王を詰みにできさえすれば勝てるゲーム。 』
プレイヤーによって最終兵器だらけの軍隊を構成したり、
初期から相手の生産を妨害する等を仕掛けたりと千差万別な戦略を
講じるのがRTSの醍醐味であり、対人戦として最も性格の現れるゲームですが、
強くなるためにはゲームの仕組みをより深く理解し、ユニットである
駒のデータを把握し、地形の利用方法、防衛手段の構築法を理解し、
その後机上の空論を実践化するなど、情報の蓄積と情報を活用するために
繰り返し修練を必要とするゲームになります。
私が過去遊んでいたゲームでは、1時間のプレイ時間に対して
こうした「下積み」が最低でも50時間は必要であったかと思います。
これにアドベンチャーのシナリオ要素を追加する…となると、
初期条件に個体差がある上、フラグ立て、解放を行うタイミングがシビアで、
かつ現状で立っているフラグの状況を確認する事も出来ず、
どうにかできるのはせいぜいが現状と、その先に見える未来のみしかない、
しかも数コマ先の未来には敵が軍勢を率いてやってくるかもしれない、
そんなゲームが『リアル』なのだと思います。
仮に『リアル』の中で『人生の攻略本』を入手したとして、
その中に書かれた内容を『リアル』中の時間軸上で理解し、把握し、
活用する事はできるのか……、
要するに、いくら答えが書かれていたとしても、知りたい情報を知りたい時に
知る事は可能なのか…という点に集約されるでしょう。
使えない情報はただの情報であり、役立つデータに昇華される事はありません。
25歳で12歳時点の攻略情報を知ったとしても、もう既に時は遅いのです。
2.『人生の攻略本』を入手する事で攻略不可能になるキャラがいるのではないか?
『リアル』の中で全部のフラグを回収する事が不可能なのは明白であるにせよ、
意中の人(キャラクター)を何とか射止めたいと思うのは『リアル』という
ゲームの仕様上、仕方の無いものであります。
そういった限定用途において『人生の攻略本』は役に立つかも知れません。
偶然を必然とできるなら、運命という言葉だって意味を為すはずであります。
しかし自プレイヤーだけの意志によって世界が動くわけではないのが
『リアル』の難しいところであり、相手も同時に一つの自プレイヤー
であり、独自の行動パターンを持っています。
ここで自分をA、射止めたい相手をB、もう一人別キャラCを見立てます。
AはなんとしてもBを射止めたい。そこで『人生の攻略本』を使用します。
しかしBはAではなく、Cを攻略したいらしいという事が分かる。
BはCにぞっこんであり、Aなど最初から眼中になかった…という時。
人間は器用な物で、分の悪い戦いと分かった途端に慎重に行こうとします。
プレイヤーにもよりますが、意中の人が別にいると分かった時点で
自重してしまう事でさえ、人間のサガというものでありましょう。
しかしここで『人生の攻略本』を使わず、相手の意中を知らず、
知らぬが故に熱烈にアタックを仕掛ける事ができたなら、
もしかしたらBはCよりAに興味を持つ可能性だって残っているわけです。
『人生の攻略本』にはCを蹴り落とす手段が載ってさえいるかもしれませんが、
そんな事までして手に入れる恋とは何なのか、まぁ「略奪愛」という
言葉も世の中あるようですから一概には言えませんが、
何かしら後味の残る結果となることでしょう。
その後味が美味と思えるなら大いに結構。
ただ、私にはその後Cに刺される、といったバッドエンドの可能性を残しつつ
幸せを掴む度胸はありません…それが『リアル』の醍醐味の一つなんでしょうけれど。
3.そもそも『人生の攻略本』を使用して、『リアル』は楽しいだろうか?
1.の問題も2.の問題もクリアしたとして、『人生の攻略本』に従い、
意中の相手と、巨額の富と、絶え間ない称賛を与えられたとして、
果たしてそれは誰の『リアル』だったのでしょう。
もし神を信じるのならば、神の御心のままに、幸せにページを閉じられましょう。
あるいは他の一切を捨ててさえ叶えなければならない野心があったのだとしたら、
そうやって歴史に名を刻むのも悪くないでしょう。
誰にも負けたくなくて、誰からもケチをつけられない生き方もできる事でしょう。
しかし、『人生の攻略本』のト書きに従い、選択肢を選んでいくだけで、
それでは『人生の攻略本』を書いた誰かの手のひらで踊っただけに過ぎなくなる。
『リアル』が自分で切り開く物ではなく、誰かに先導されるだけの物になる。
確かに、『人生の攻略本』が欲しくなるときはいくらだってやってくるのです。
しかし、何から何まで何かに沿うだけの人生ならば、
自分自身は、何に価値を見いだせば良いのでしょう。
自分が正しいと思える道に殉じ、僅かの可能性に願いを託し、
志半ばで誰かに想いを伝え途絶える…そういう人生も、
一つの『リアル』だと思うのです。
貴方や私は、運悪くも『リアル』というゲームに身を乗り出しました。
しかし実際には『人生の攻略本』などという便利な物は無く、
しかし存在しないからこそ生きていける道が目の前にあります。
どうせなら歩いてみませんか、見通し立たないその一歩。
あるいは、あまりに自由で先が見渡せない時。
様々なケース、状態において、ふと脳裏に思い浮かべる言葉があります。
『人生の攻略本』――己が人生の道を示す、唯一にして絶対の指南書。
複雑怪奇で仕方が無い『リアル』というゲームにおいて、
おおよそ存在すると考えられる物の中で二番目に欲しくなる物であります。
ちなみに私にとって一番は『人生のセーブポイント』。
しかし仮に『人生の攻略本』が存在するとして、
入手に至りざっと考えるだけで三つ、問題点が考えられます。
以下、各問題について検討を行う物です。
1.膨大な攻略情報、予備知識を『リアル』の中で紐解く事は可能か?
『リアル』は刻一刻と状況が変化するRTS(リアルタイムストラテジー)と、
話を読み進めていくアドベンチャーゲームの要素を含んだ物と考えられます。
RTS(リアルタイムストラテジー)という言葉に馴染みの無い方は意識共有のため、
以下のような状態を考えて頂ければ幸いです。
『相手プレイヤー(王)を倒すために将棋の駒を動かさなければならないが、
最初は「駒を作る駒」しか存在しておらず、これを操ってより強い
駒を作れるように設備を充実させ、歩兵や桂馬、最終局面では
飛車や角といった強力な駒を作り、軍隊を動かすゲーム。
相手プレイヤー(王)を倒すために強力な駒があった方が心強いけれど、
必ずしも飛車や角といった最終兵器を手に入れる必要は無く、
桂馬や金、銀が作れるようになった時点で、あるいは最初期に
歩兵によってのみ構成された軍隊でさえあったとしても、
王を詰みにできさえすれば勝てるゲーム。 』
プレイヤーによって最終兵器だらけの軍隊を構成したり、
初期から相手の生産を妨害する等を仕掛けたりと千差万別な戦略を
講じるのがRTSの醍醐味であり、対人戦として最も性格の現れるゲームですが、
強くなるためにはゲームの仕組みをより深く理解し、ユニットである
駒のデータを把握し、地形の利用方法、防衛手段の構築法を理解し、
その後机上の空論を実践化するなど、情報の蓄積と情報を活用するために
繰り返し修練を必要とするゲームになります。
私が過去遊んでいたゲームでは、1時間のプレイ時間に対して
こうした「下積み」が最低でも50時間は必要であったかと思います。
これにアドベンチャーのシナリオ要素を追加する…となると、
初期条件に個体差がある上、フラグ立て、解放を行うタイミングがシビアで、
かつ現状で立っているフラグの状況を確認する事も出来ず、
どうにかできるのはせいぜいが現状と、その先に見える未来のみしかない、
しかも数コマ先の未来には敵が軍勢を率いてやってくるかもしれない、
そんなゲームが『リアル』なのだと思います。
仮に『リアル』の中で『人生の攻略本』を入手したとして、
その中に書かれた内容を『リアル』中の時間軸上で理解し、把握し、
活用する事はできるのか……、
要するに、いくら答えが書かれていたとしても、知りたい情報を知りたい時に
知る事は可能なのか…という点に集約されるでしょう。
使えない情報はただの情報であり、役立つデータに昇華される事はありません。
25歳で12歳時点の攻略情報を知ったとしても、もう既に時は遅いのです。
2.『人生の攻略本』を入手する事で攻略不可能になるキャラがいるのではないか?
『リアル』の中で全部のフラグを回収する事が不可能なのは明白であるにせよ、
意中の人(キャラクター)を何とか射止めたいと思うのは『リアル』という
ゲームの仕様上、仕方の無いものであります。
そういった限定用途において『人生の攻略本』は役に立つかも知れません。
偶然を必然とできるなら、運命という言葉だって意味を為すはずであります。
しかし自プレイヤーだけの意志によって世界が動くわけではないのが
『リアル』の難しいところであり、相手も同時に一つの自プレイヤー
であり、独自の行動パターンを持っています。
ここで自分をA、射止めたい相手をB、もう一人別キャラCを見立てます。
AはなんとしてもBを射止めたい。そこで『人生の攻略本』を使用します。
しかしBはAではなく、Cを攻略したいらしいという事が分かる。
BはCにぞっこんであり、Aなど最初から眼中になかった…という時。
人間は器用な物で、分の悪い戦いと分かった途端に慎重に行こうとします。
プレイヤーにもよりますが、意中の人が別にいると分かった時点で
自重してしまう事でさえ、人間のサガというものでありましょう。
しかしここで『人生の攻略本』を使わず、相手の意中を知らず、
知らぬが故に熱烈にアタックを仕掛ける事ができたなら、
もしかしたらBはCよりAに興味を持つ可能性だって残っているわけです。
『人生の攻略本』にはCを蹴り落とす手段が載ってさえいるかもしれませんが、
そんな事までして手に入れる恋とは何なのか、まぁ「略奪愛」という
言葉も世の中あるようですから一概には言えませんが、
何かしら後味の残る結果となることでしょう。
その後味が美味と思えるなら大いに結構。
ただ、私にはその後Cに刺される、といったバッドエンドの可能性を残しつつ
幸せを掴む度胸はありません…それが『リアル』の醍醐味の一つなんでしょうけれど。
3.そもそも『人生の攻略本』を使用して、『リアル』は楽しいだろうか?
1.の問題も2.の問題もクリアしたとして、『人生の攻略本』に従い、
意中の相手と、巨額の富と、絶え間ない称賛を与えられたとして、
果たしてそれは誰の『リアル』だったのでしょう。
もし神を信じるのならば、神の御心のままに、幸せにページを閉じられましょう。
あるいは他の一切を捨ててさえ叶えなければならない野心があったのだとしたら、
そうやって歴史に名を刻むのも悪くないでしょう。
誰にも負けたくなくて、誰からもケチをつけられない生き方もできる事でしょう。
しかし、『人生の攻略本』のト書きに従い、選択肢を選んでいくだけで、
それでは『人生の攻略本』を書いた誰かの手のひらで踊っただけに過ぎなくなる。
『リアル』が自分で切り開く物ではなく、誰かに先導されるだけの物になる。
確かに、『人生の攻略本』が欲しくなるときはいくらだってやってくるのです。
しかし、何から何まで何かに沿うだけの人生ならば、
自分自身は、何に価値を見いだせば良いのでしょう。
自分が正しいと思える道に殉じ、僅かの可能性に願いを託し、
志半ばで誰かに想いを伝え途絶える…そういう人生も、
一つの『リアル』だと思うのです。
貴方や私は、運悪くも『リアル』というゲームに身を乗り出しました。
しかし実際には『人生の攻略本』などという便利な物は無く、
しかし存在しないからこそ生きていける道が目の前にあります。
どうせなら歩いてみませんか、見通し立たないその一歩。


